お侍様 小劇場
 extra

   “こんにちは、仔猫ちゃんvv” 〜寵猫抄より


日本代表女子サッカーチームの、
W杯世界大会での決勝進出に沸いたその日は、
昨日がそうだったのを当然顔で引き継ぐように、
昼も間近となる頃合いから、
途轍もない猛暑に襲われてもおり。

 「こうも暑いと、
  窓を開けるのも考えものだよなぁ。」

空気の循環を考え、朝一番に窓を開けるのはともかくとして、
陽が高くなるにつけ、外気温の上昇っぷりも半端ではなくなる。
多少は風があったとて、
むんとする生暖かい外気を入れるばかりとなるのでは、
却って熱中症を誘うこととなってしまうのだそうで。
同じ理由から、
打ち水も昼間日中は湿度が増すばかりなので避けた方がいいのだそうな。
葦簾
(よしず)や簾(すだれ)は、
節電を謳っているこの夏に入るまでもなくの
例年 当たり前に使っていた調度なので。
蔵から取り出し、古びてほころんでいないかを確かめたのち、
テラスに向いた掃き出し窓の前へと立て掛けたり、
西向きの窓辺へロールスクリーンよろしく提げてみたりと、
あちこちの定位置へ設置したのが、関東地方の梅雨明けとほぼ同日のこと。
古い作りとは言え、基礎が洋館なので、
あちこちの建具をすべて、
葦戸
(よしど)や簀の子へ…とはさすがに差し替えられないものの。
窓辺へ下げた、ぎあまんの江戸風鈴がちりりと鳴って、

 “なかなか風情のある趣きには、なったよね。”

リビングから望める庭には、
芝生や茂み、鉢植えなどなどという
七郎次が手をかけて育てた瑞々しい緑がそこここにあふれ。
どんどんとその青さが深まってゆく空に負けじとの、
生き生きした拮抗を見せており。
あちこちへセットされたスプリンクラーが、
タイマー設定された朝晩の刻限になると、
しゅしゅんっと勢いよく、涼しげな水を撒き散らす。

 “……節電の夏じゃああるけれど。”

これだけはごめんなさいと、しおしお肩をすぼめる色白なおっ母様、
実はすこぶると暑さに弱い。
御主である勘兵衛と同様に長年剣道を嗜んでいるし、
体力も同世代の誰にも劣らぬほどにはある方で、
案外と重労働なその上、相当に広いこの屋敷の管理も含めた家事一切を、
たった一人で切り盛りしてもいるほどなのだが。
炎天下に庭仕事をしていて、
日射病や暑さ負けの貧血を起こしたことが、
これまでに何度あったことか…というところから。
早めの夕暮れどきの水まきは、これに任せなさいと、
勘兵衛が自ら園芸関係の業者に発注し、設置してくれたもの。
それが稼働し、涼しげな音を立てているのを聞きながら、
縁側代わりの掃き出し窓にちょこりと正座し、
取り込んだ洗濯物を畳んでおれば、

 「にゃ、みゃあうvv」

庭のほうから聞き慣れた鳴き声が届く。
物干しまで付いて来て、足元で遊んでいた仔猫さんの声だ。

 「…おや。まだお外にいたのか。」

大好きなそうめんでお昼ごはんを済ませると、
風鈴の音を聞きつつ、
まったりした昼下がりを花ゴザの上でのお昼寝で過ごし。
天を仰いでの“くあぁあ〜〜っ”という、
そりゃあ微笑ましい大欠伸をしつつ目を覚ましてからは、
おもちゃやお手玉で七郎次にじゃらされて、
キャッキャと遊んでいたのだが。
そこは…猫という野生の仔ということか、
大カゴを抱え、お外へ出るよという構えとなった七郎次なのへ、
いち早く気がついての、喜々として付いて来たほどでもあって。

 “陽中
(あた)りってのには縁がないんだろか。”

彼もまた、七郎次と同じく
金の髪に白い頬という淡い色合いの容姿をしており、
愛らしい双眸は出来のいい玻璃玉のように透いていて。
ひ弱そうに見えるとかいう印象の話ではなく、
単に紫外線への抵抗力という次元の問題から、
強い陽射しから受けるダメージは、一般の日本人より大きいに違いなく。
だっていうのに、
熱中症になるからリビングで待ってるようにと言ったのも聞かず、
生ぬるい外気の中、芝草の熱に“はややvv”と足をばたつかせたり、
万両の青葉が揺れるのへ、
一丁前に身を低く伏せると、
獲物を狙うハンターのような姿勢になってみたり。
そりゃあ無邪気に、そしてお元気に、
夏のお外遊びを満喫しておいでだったようで。

 “明日はプールを出してあげましょうかね。”

七郎次や勘兵衛には幼い坊やに見える久蔵、
だが、実体は仔猫の身なので、
ビニール製の代物では膨らませたボディに爪を立て、
ぶっさりと穴を空けかねぬ。
そこで、アメリカ製の硬質樹脂パネルを組み上げるタイプのを、
わざわざ用意したほどの親ばかぶりを見せたのは、
意外にも勘兵衛のほうであり。

 「久蔵、早く上がっておいで。」

タオルやシーツ、シャツに靴下などなどを手早く畳み、
サニタリの整理ダンスに収めるリネン類だけカゴへ収め直して。
今は本人も元気であれ、
体に熱が籠もってのこと、
あとあとの寝しななんぞに、
愚図る要因にだってなりかねないのにねと。
すっかりと母親の感覚になっての、
苦笑交じりに立ち上がり、
窓辺の間際までのお出迎えをと運んだ七郎次へ、

 「にゃあにゃ、みゃい・みゅvv」

いやにご機嫌そうなお声を出して、
スキップでもしかねぬノリを思わせるのが、
おやおや、何がそんな嬉しいのかなと、
はやばやと七郎次の口許へも、甘い微笑を浮かび上がらせていたものの。

 「にゃうみぃvv」

木蓮の足元にうずくまる茂みの陰から、
小さな姿がひょいと現れて。
ふわふかしたけぶるような綿毛の、
見まごうことなき可愛い久蔵と、


  ―― それから


小さな小さな久蔵が、
そのぎゅうひ餅のようなふっくらしたお手々で。
もっともっと小さな身の“連れ”へ、
こっちこっちと手を引くように導いてやっていたものだから。


  「………………………はい?」


それは嬉しそうに、
ポーチの際、大窓のすぐ間近までやって来た久蔵が、
ただいまvvと見上げて来たことへさえ、
この七郎次にはこれまで一度としてなかったほどの
反応の鈍さで…はっきり言って固まったままになって、
相対してしまったのも無理はなかった。


  だって、久蔵坊やが連れて来たのは、
  久蔵よりも小さくて幼い、
  そりゃあ愛らしい、赤ん坊猫という存在で。


え〜っとと、微妙に態度を決めかねてしまったのもほんのいっとき、

 「にぃ・みゃvv」

にゃは〜っと微笑う久蔵坊や、
ちょこまかと付いて来た子猫さんの頭や背中を、
よしよしと、
慣れぬ手つきでそれでも“いい子だねぇ”と撫でておいでで。
いつも七郎次や勘兵衛からそうやって慈しまれていることへ、
心地のいい安堵をもらっているからこその、
真似っこだろと思われた。そして、

 “……どうしたもんかなぁ。”

一応はさんざん迷ったものの、そろそろ日暮れの刻限だったので。
このくらいのことで、しかも通訳だけを目当てに、
遠いカンナ村からキュウゾウくんを呼ぶのもどうかと、
そこのところは何とか思い留どまれた。
というか、七郎次としては、
ギョッとしたほどに驚いてしまったのは、最初の遭遇にだけであり。

 「…久蔵? その子はあの、えっとぉ。」

どこからどう見ても小さな仔猫。
恐らくは春のラブラブシーズンの初めに、
結ばれたその末にて生まれた“早生まれ”な仔で。
そろそろ産屋から出て来ての、
母親とともに、ご近所の外を歩き始める頃合いだったというところかと。
この辺にはあまり野良の子はいないと思っていたのだが、
ただ単に七郎次が見かけなかっただけの話かも知れぬ。
外出しないというワケじゃあないけれど、
そういや…勘兵衛の秘書としての取材や何やへの同行や、
若しくは家作管理関係の都心への遠出に比べれば、
此処いらというほんのご近所へはそうそう出歩かぬ身だったし。
出歩くときは大概 久蔵を連れていたので、猫には警戒されていたのかも。

 「みゃうにゃ、みゃんvv」

よいちょと、
沓脱ぎ石に手をかけ足掛け、よじ登ってくる坊やに気づき。
ああそうだったと手を延べて抱き上げてやり。
それから…と見やると、
本当に小さな小さなお客さんもまた、
逃げるような素振りもないまま、じっとこちらを見上げており。
その様は、次はぼく?と待ってるようにも見えたため、
久蔵をリビングへと上げた七郎次、
そのまま“しょうがないなぁ”という微苦笑をこぼしてしまってのそれから。

 「さぁさ、あなたもお上がりなさい。」

あまりに小さく、よって ホイと手を出しただけでは届かぬ遠さだったため、
立ち上がってのサンダルの上へと降り立ち、
さぁと手の中へすっぽり包み込んでしまっても、特に怖がる気配はない。
それどころか…こちらをじいと見上げて来、
糸のような細い細い、ちょっぴり高いお声で“にぃ”と鳴いたのが、
頼りなさと相俟って 得もいわれぬ愛らしさ。
あああ、久蔵も出会ったばかりの頃はこんなだったんだよ、
それを思えば大きくなったんだねぇと、
リビングの上で大人しく待つ、半袖半ズボン姿の坊やが、
尚更に愛おしく思える七郎次だったようで。

 「久蔵、お友達にも上がってもらおうね?」
 「にいにゃんvv」

まろやかな笑顔で“うん”と頷く仔猫の坊やは、
もっと小さい仔猫を抱えて上がって来たおっ母様を見上げ、
上がり切った七郎次の足元へ、
そのまま ちょろちょろとまとわりつく様子が何とも稚く。
その手へすっぽり収まる小さな仔猫のささやかな温もりといい、
キュウにも見してと、こっちを見上げたまんまで追って来る久蔵といい。

 “や〜ん、可愛い〜いvv”と

お顔がついついほころぶところが他愛ない七郎次と違い、

 「……………………………。」

 「にゃうっ。」
 「あ、勘兵衛様。」

今日は朝から何物かが“降りて”来たらしく、
朝食をとるとすぐにも書斎へお籠もり状態となり、
そのまま今まで執筆中だった島谷せんせえが、
無言の無表情にてリビングへの戸口に立っておいでで。
それでなくとも独特な存在感のあるお人、
加えて、七郎次には格別で特別なお人だし、
彼の側からも…多分、自惚れなんかじゃなくの、
好かれていてのこと、
暖かな意識が飛んで来る人物であるはずが。
無表情なのは中身が真っ白になってたからだということ示すよに、
その気配さえ、希薄に押さえられてた偉丈夫殿で。

 「…どうしましたか?」
 「いや。」

何でもないと言いたいか、
それにしては…男臭い精悍なお顔が、
何かしら“もの申す”したそうな表情をしておいでであり。
ややあって、

 「…………………そいつは?」

あんまり足元へしがみつくものだから、
そんな久蔵へ見えやすいようにと、屈んでやった七郎次の手の中から、
小さな頭を覗かせている存在へ。
大の大人の勘兵衛様、しばしその動きが一旦停止していたらしく。

 「もしかして苦手でらっしゃいましたか?」
 「そんなワケがなかろうが。」

足元から見上げられているにしては、余裕の態度が忌々しい。
判ってて訊いておるなと察し、その、小癪な悪戯小僧っっぽい物言いへ、
気分が冷めてのこと、却って落ち着けた御主様。
顎のお髭を大きな手で撫でながら、
七郎次はそこまで気にかけなんだこと、
されど、この彼には そここそが気掛かりだったらしいこと、
ぽろっと口にして下さったのでありました。


  「まさか、あの黒いのの仔じゃなかろうな。」

  「……………………あ。」


そういや、見事な黒い毛並みの仔猫でしたが……。




   〜どさくさ・どっとはらい〜  2011.07.14.


  *何のこっちゃなお話ですいません。
   勘兵衛様、小さな黒猫を見て、
   何を思ったか、大仰に戦慄するの巻。
   久蔵坊やは男の子なんだし、
   兵庫さんの仔だとしたって、
   そうまで何を警戒してんだという話じゃあありますが。
(笑)
   この顛末を仔猫ごと全部抱えて、
   夜中に“呉服の蛍屋”まで向かう久蔵殿なんですよ?

   《 ………………。》
   《 ……何が言いたい。》

   あっはっはっはvv


ご感想はこちらvvめーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る